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スリルに生きる。

オオスズメバチと 対峙するのは駆除のときだけではない。

主には自然界で触れることが僕にとって一番多い。

それは、オオスズメバチの巣を探し、巣を獲り、幼虫を佃煮にして食べ、成虫は焼酎に浸けて薬とする文化が愛知県新城市にはあるからだ。

山に入ってオオスズメバチの巣を探すことはいなかの遊びである。

巣を見つけた瞬間の発見の喜び。

それは、人間の狩猟本能にあるのかもしれない。

しかし、一番面白いのは巣を獲るとき。

地中の巣の中の成虫を薬で眠らし、眠っている間に一人が巣を一生懸命掘り出す。

背中からは、巣の外から帰ってくる成虫がぞろぞろ帰ってきて空中に溜まる。

最初は、あれれ~?

という感じで周囲を飛ぶオオスズメバチ。

しかし、僕らに巣が襲われていると分かった瞬間。

羽の回転数が上がり、音が高音になったと同時に飛びついて突き刺してくる。

これを、バトミントンのラケットで叩き落す。

昔はテニスのラケット。

それも、10年前は木枠のテニスラケット。

小学校低学年だった僕が振り回すには重すぎ、でも恐怖を我慢して闘ってた。

それから出てきたのが、普通の軽いテニスラケット。

あの衝撃といったら、そりゃもう。

軽さが全然違うから、更に闘いやすくなった。

さらにバトミントン。

この軽さと威力は半端でない。

テニスのラケットを子供が振って、ハチを叩いても、当たっただけでまた向きを変えて猛り狂って攻撃してくるからたちが悪い。

空中をホバリングするオオスズメバチは、巣を守るために僕らに飛び掛って攻撃してくる。

一匹を叩き落すと、動く物を攻撃対象にする彼らは一度に数十匹が攻撃してくる。

仲間がいくら叩き潰されても、みんな飛びついて攻撃することをやめない。

その毒を目に浴びたら、涙が止まらず、目を開けてはいられない。

真夏のクソ熱い日中に、合羽を上下二枚着込み、覆面をして長靴を履く。

Tシャツ一枚でも熱いのに、その防護。

ラケットを振り回していると、体力が減り、気力も減って頭がフラフラしてくる。

ぼんやりしたそれが少し気持ちよかったりする。

でもふと我に返り、頭はハチの攻撃に対して即座に対応し、危険だらけの中で活路を見出して対処する。

一歩間違えば刺される。

4人ほどの仲間で巣を獲るときはいいが、一人で獲っていて刺されたら終わり。


俺はこのまま死ぬのかという気持ちがほんとに生まれて、暑さよりも冷や汗がどっと出る。

いや、それは恐怖から生まれた脂汗かもしれない。

そんな恐怖の中で、闘う。

1時間もしたら、巣を獲り終わる。


ときには木の中にあったりして数時間。


巣と巣の成虫を全て袋に入れ、残ったハチを全て叩き潰し、穴を埋める。

大きければ10kg。

巣の直径は70cmにもなる。

それを担いで山を降る。

途中でふうふう言いながら、休憩しもって降りる。

歩くたびにジャブジャブ言うのは、長靴の中の音。

全部、汗。

車の側まできたらやっと一息。

合羽を脱いでやっと新鮮な空気を一吸い。

と言いたいとこだけどまだ気が抜けない。

奴らは、その強靭な顎で合羽に噛み付き、針を突き立てていることがあるからだ。

そんなときに合羽を急いで脱いだら、肌の上からチクン。


なんて甘いもんじゃない。


ガツンッ!!!

ものすごい衝撃と同時に痛みが走る。


それはもうこりごりだから、ハチがいないか気をつけて合羽を脱ぐ。

それでやっと一息。

そうして吸い込む空気のうまいことと言ったら。

たまらない。

空気が美味しいと思う瞬間。

そして獲物を目の前に、仲間でにやにや。

まさしく、命を懸けた狩猟だ。


熊本では、獲られた巣が一般に出回り、スーパーの店先で巣が並び、1kg/1万円で売られている。

買い物に来たおばちゃんが、平然とそれを買い、家に持って帰って幼虫を味付けして晩御飯に出す。

愛知よりも食糧としての価値が熊本にはあるといえる。

栄養があるから、珍しいから。


そうではない。

一番は、うまいから。

そのうまさが知られているということだ。

できたての熱々を喰ったら、見た目がなんて言ってられなくなる。

ツアーの参加者の方に食していただいたのが冷凍だったのが残念でしかたがない。

今度、ほんとに熱々を食しましょう。

僕はこいつの巣を求め、自分だけで山に入り、クヌギの木を探す。

クヌギの木には樹液が出てるものがあり、そこにはクワガタやカブトムシが多く集まる。

樹液とは生き物にとって生きるための養分であり、それを吸うことで命を存える。

チョウチョもハチも同じ。

ハチの場合は、そこから出る樹液のみならず、そこに集まる昆虫も巣の幼虫の餌にするために樹液の出る場所に集まる。


そして、そのハチは樹液を巣へせっせと運ぶ。

それに紙をしばり、空を飛ぶハチを追いかけて巣を探す。

ときに、数キロ。


平坦な路ばかりでない。

山を越え野を越え、谷も川も畑も越え。


ハチは飛んでいく。


それを追いかけ、ひたすら走る。

はたから見たら、空を一生懸命見ながら全力疾走する変な少年。

そりゃそうだ。


空飛ぶハチを必死に僕は目で追うけれど、意識してなけりゃそんなもの見えやしない。


あいつは何をしとるんや。


人に出会えば、変な目で見られることは請け合い。

山の中であれば、誰も見てはしないけれど。

民家の側を通るときは気をつけなきゃ。



そして、地中の巣を見つけ、一人で巣を獲る。

そして、命を懸けたそのスリルを楽しみに今日も僕は山に入る。

自分が本気でスズメバチと命を懸けて闘うその瞬間。

ぶっ飛んだ恐怖とスリル。

自分が今どうすべきか、自分のミスで一瞬のうちに生と死が交錯する瞬間に即座に活路を見出して乗り越えるスリル。

これが男としてたまらない。

だから、僕はハチの巣を獲る。

これ以上スリルのある遊びはない。

そこに充足を感じる。

ただそれだけ。

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たなごころ(掌)

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手のひらという字は掌。

たなごころと読む。

たなごころとは、手の心。

すなわち手のひらは心を指す。

握手は、手と手でするもの。

心を合わせるということだから、人と握手をするということ、繋ぐということにはとても深い意味があるように思う。

すなわち、手に相手に対する心が出るのかもしれない。



節々が太くて、ごつい手。

といえば親父が思い浮かぶ。

親父の手は、とても太くてごつかった。

それは、田畑での作業やニワトリ小屋を建てるといった日々の生活の中で手に現れたもの。

手を見たら、その人の苦労が分かるという話も聞いたことがある。

今の僕の手は、普通より大きい。

世の中には大きな手を持つ人は多くいる。

いい年のおっさんになったとき、この手はすごいと思える手の持ち主でいたい。

己の手。

それは、自分の努力が培ってできるものかもしれない。





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手が大きいと、こんなものも捕まえられる。

というのは冗談ですが。

おいしい味覚、頂きます。



写真で今見ると寮の調理室のガス台は油が跳んでて目立ちますね…。。。

カニは、トゲノコギリガザミといい、買ったら高いカニです。

海外で耳にする、マッドクラブ、マングローブ蟹と同じノコギリガザミ属。

うまい。

ハサミの力がとても強く、割り箸をそのまま簡単にへし折ります。

こういう自然の力を見れるような自然塾があったらおもしろい。

では、また★

相変わらず

近頃、こんな顔をしています。。
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な~んちゃって。

これは高知名物アンパンマンの顔のアンパン★

なんだか寂しげな顔に見えてきました。。

おいらは相変わらず駆除に走っておりますΣヽ(`д´;)ノ

時には深夜になってしまうことも…。。

というのも。

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巣の大きさ、おかしいです。

こんなのが民家の側にあるのだから、たまったもんじゃないです。。

この巣は、その民家の子供がスズメバチに追いかけられて、巣の存在が発覚したそうです。

刺されなくて、よかった。

駆除して帰ってきたら、0時でした。


時には、こんな夕焼けも。

空を眺める余裕があって、なんだかホッとしました。

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プロフィール

atsutaya

Author:atsutaya




生粋の里山育ち。


*ククリワナ猟でイノシシやシカ。
*魚釣り、時に潜りとジゴク漁。
*貝にワカメにカニに山菜。
*秋はひたすらオオスズメバチ追い。

巡る季節のなか、自然に遊んでもらいながらも真剣に。
そんな日々の暮らしを綴るブログです。

著:(これ、いなかからのお裾分けです。)

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