スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自分のフォーム

フォーム。

こうしたら自分はうまくやることができる、という指標やスタイル。

人生を生きていくうえでの、誰もが創れるもの。

今、自分に確固としたフォームがなくても、時間をかけて熟成していけばいい。

こうすればいいのかな?これはどうなのかな?という葛藤と試行錯誤の中から自分にあったスタイルを見つけていく。

若いうちは自分のフォームがどんなものかわからない。

しかし、向き不向きは感じている。

その、向き不向きの中から無意識のうちに自分の進むべき道を定め、スタイルを選び取っていく。

ゆっくり時間をかけて自分に問うでもいい。

誰か信頼のおける人にアドバイスをもらってもいい。

もちろん他人のいうことが全て正しいとは限らないから、違っていることもある。

そんな時は自分の内なる声と相談して調整する。

そうして試して進むうちにフォームはできている。

焦らなくてもいい。

自分は何が得意で、どうすればものごとがうまく進むか、それを意識して生きていればいい。


内なる自分の声を大事に生きる。





こんなことを阿佐田哲也さんの本から、一所懸命メモっていたのは、20のとき。

日々、とってもはやい。

おら、3月になったらとうきょうさいきます。

スポンサーサイト

苦手だったもの。

苦手だったもの。

まずは。

① おとん。

兄弟4人の中で一番怒られたのが僕だった。

上の兄たちが勉強熱心で運動ができた反面、末っ子の僕は…。

勉強もせずに山で遊んでばっかで、とにかくやんちゃ小僧だった。


母と父は怖かったなぁ。

今でこそ真っ直ぐ向き合って話せるようになったけれど、昔は顔色うかがってびくびくしてた。

でも、なんとか誉められたくて自然薯掘ってマツタケ探して…自然の中という自分の土俵で知恵を得て、自然児に特化したのだけれど。


お次は。


② 隣のうちの肥溜め。


小学校の頃は隣の家のおばあちゃんはいつも肥溜めから堆肥を掬っては畑にまいていた。

そりゃあにおいがきつかった。

朝歩いて学校行く時間がちょうど肥料をやる時間。

通学路の横がそのおばあちゃんの畑。

プ~ンとにおってくるもんだから、鼻つまんで走り抜けた。


におうということは、それがまだ完全に発酵していないということ。

ちゃんと発酵させたら、くさくなくなるそう。


あのにおいだけはどうにも苦手だったなぁ。

さっきこの話しをしたら。

『えーー!!!』

いつの時代やねん!?

って笑われたけれども。

昔はどこでもやっていたんではないかな。

でも、どんどん減った。

うちの村でもそのおばあちゃん家だけが肥溜めの中で人糞と草を混ぜて発酵させたものを畑の肥料にしていた。


これも資源を循環させる知恵だけど。

野菜に菌や病気が付いたり、においが騒がれたりと、衛生面で問題になり。

下水道の配備と共に廃れていった。

小学校の終わりころ、そのおばあちゃんも止めてしまった。

こうして振り返ると、時代は確実に進んでいるのだなぁ。


ってなんだかさみしく思う。

あのときは、苦手だったけど、それがまったくなくなってしまったら。

思い返すとなんだか、ちょっぴり。

まとまりがつかないから、このへんで。

豊かさ。

堆肥。


実家では。


野菜の端っこや卵の殻、お茶の出がらし等々。

日々の生活で出る生ものを、毎日まとめて家の畑の横のでっかい樽(コンポスト)に入れる。

樽にはしっかりした蓋がついているけど、樽の底には穴が空いていて、直接地面と触れている。

そのおかげで、樽の中のそれらの生ゴミを、地面の微生物が分解してくれる。

毎日生ゴミは追加されるのに、樽の中身の量は変わらない。

それだけ、微生物が一生懸命分解して量を少なくしてくれている。


この周りをいつもほじくり返した。

スコップで掘って掘って、時には樽を傷つけて壊して怒られた。

それでも、掘った。

それは、そこにミミズがいたから。

樽の周りは栄養分が豊富だから、ミミズがいっぱい繁殖してる。

ミミズ掘りなんて気持ち悪いかもしれない。

でも、ミミズは釣りには最高の餌。

ウナギでも、アマゴでも。

川魚を釣るのには特効餌。

だから、一生懸命掘っていた。



生ゴミが自然の力で栄養豊富な土になり、土からミミズが生まれ、ミミズが餌になり、その餌でウナギが釣れる。

ウナギは家族の食卓に乗り、そこに笑顔が生まれる。

ほいたら、幸せやん。

なんか、いいなぁって僕は思う。


『ミミズ気持ち悪い~~』って思う人もいっぱいおると思う。

でも、こういう背景を伝えることができたら。

自然の中でミミズがいたとき。

そこに一つの物語が拡がって、その場が豊かになるような気がする。





やまがあるということ。

高知県は、林野率が84%。


県土のほとんどを急峻な山が占めます。


つまり、山だらけ。


海岸から北を見たら、山。

やま。


やまばかり。


しかし。



山がいっぱい。


これすなわち、山菜がいっぱい。


これから春にかけれ、高知の山は山菜がどんどん顔を出します。

長い冬を、厳しさをじっと耐えて、やっと芽吹く。


山菜には、力強さがある。


その一つに、アクがある。

ウドなんかを生で齧ったら、とっても苦い。

それは、冬を耐えてがんばって生き抜いた証ではないだろうか。

普通の料理では、アクは嫌われもの。

でも山菜に関していうならば、アクがなきゃあ美味しさは半減。



アクを感じて、やっと春だなぁ~って僕は思う。


春が早く来ないかなぁ。

プロフィール

atsutaya

Author:atsutaya




生粋の里山育ち。


*ククリワナ猟でイノシシやシカ。
*魚釣り、時に潜りとジゴク漁。
*貝にワカメにカニに山菜。
*秋はひたすらオオスズメバチ追い。

巡る季節のなか、自然に遊んでもらいながらも真剣に。
そんな日々の暮らしを綴るブログです。

著:(これ、いなかからのお裾分けです。)

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。