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うなぎちゃん

大雨が降るとね。
わくわくするの。


平水と、増水じゃあ。
明らかに、ウナギの喰いが違う。


水が増えると、活発に動くから。
釣りやすいのね。


ウナギが釣れる場所も、平水時と水が増えたときとじゃあ異なる。




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日々、やり続けながら。
勘を磨く。

そしてその勘があてずっぽうではなく、確かなものになったとき。
狙って釣れるようになる。

なんでもそうだけれど。




やり続けること。
そして、続けながら、頭を使うこと。
一生懸命考えて、予測して、それがはまったとき。
たまらなく、嬉しい。


知らないうちは。
ウナギって、どうやって釣るんだろう。
って素朴な疑問がある。

それが、経験と共に蓄積されると。
この場所で、この時期に、この餌で、この仕掛けでやれば、釣れる。

と、なる。
確かな、自信がついてくる。



すきこそ、もののじょうずなれ。

そしたら、楽しいの日々の暮らしが。
楽しくなるよ。
美味しくなるよ。


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出たっ!!!

いまのいま、10分ほど前。
でも記事を書き上がった今の21:27分からすると、ちょうど30分前。


ぼくはカメラが手元にないことを、なにより悔しがっていた。
だって。
だって、すぐ前のくらがりから鼻息が聞こえてたんだもん。






今週末にある狩猟免許に向けて、勉強中。
パソコンの前、まとめを打っていた。
カタ、カタカタ、タンッ。



キーを打ってるなか、カエルの声がちょっとうるさいくらい響いてる。
それは、今も同じ。
ただそのときは、パキパキッ っていう枯れ枝の折れる音と。

フッ、フフッ

っとだけ聞こえた



ような気がしてた。

いや、聞こえてたんだけど、まさかと思って。
そんなことあるはずないか、と思って。
違う、と思いこんでいた。

そのことはすぐに忘れ。
カタカタとキーと打ちながら、狩猟読本を見ながら振り返りをしていた。



そしたら。


フフッ、フンッッ !

って。


やっぱり明らかな鼻息。
どう考えてもイノシシ。


そのことをあたまが理解した瞬間、血が沸いた。

でもない!!
カメラが手元に。
なんてこった。
でもしょうがない。

地団駄踏みそうになるのをこらえ。
そっと席を立って、足音を忍ばせて。
電気のスイッチのところまで行き、ひとまず部屋の灯りを切った。


はやる心を抑え。
網戸越しに。
手にLEDのライトを持って、照らしてみた。
照らした間は、1分程度だろうか。
でも、姿は見えない。

裏口に回って、戸を開けた。
ドアノブを捻るとき、キイィと音がしないようにゆっくり、そうっと。

うまいこと音がせずにいったから、そっと顔を覗かせてみた。
そしたら、繁った草が揺れてる。

そして相変わらずな鼻息。
なんとまぁ、激しいこと。

どうやら、鼻で落ち葉をひっくり返し。
鼻息で吹き飛ばし、ミミズだけを喰ってるみたいだ。

だって、くちゃくちゃ噛んでる音がするんだもん。
初めて聞いたよ、こんな音。
たぶん、よだれ落ちてるで、イノシシさん。
いや、イノシシくんかもしれないけど。

食事に夢中。
ちっとも気づかない、ぼくに。
少しずつ歩きながら草むらの落ち葉をひっくり返してる。
照らしているうちに、繁った草むらから、胴体の後ろ半分が見えた。
ちっちゃなしっぽがゆらゆらしてるのも。

なんだか笑ってしまいそうなほど可愛い揺れ方で。
あ、しっぽのことね。


こっちは気づかれないようにと思って、一生懸命息を殺してるってのに。
しっぽを揺らしながら、すんごい鼻息をたててるもんだから。



思わず、ちょっといじめたくなってね。


ちょっとだけ僕も鼻息を荒くしてみたの。

フッ



って。
ほんとにちょっとだけだよ。
ちっちゃく、鋭く鼻から息を吐いてみた。


そしたら全力で裏山に駆け上がっていっちゃった。
ドカッカカカッッ って。

そんなに驚かすつもりなかったのに、ダッシュで逃げちゃった。


驚かして、ごめんなさい。



いまは餌が少ないから、人里のそばまで降りてくるんだって今日会った室戸の猟師さんが言ってた。
でもさ、家のすぐそばっていったって。
3mもそばに来ちゃいますか?


もしかして、なめられていますかぼく?

ワナをかけるようになったら。

天敵だよ、ぼくはきみの?

わかってる、その意味?




あ、そうか。

ワナを始めて一年目でイノシシを獲れるほどシシ猟は甘くないって定説。
会う猟師さんみんなにそうやって言われる。
最低二年は掛かるぞ、って。
それを知っているのね、きみは。
なんてもの知りなイノシシだ。

じゃあ覆しちゃうもんね、そんな頭ごなしの決めつけ。


見てろよ、11月15日。
狩猟、解禁日。

親の姿。

家族のなかにおいて。
自分に、何ができるか。
どうしたら、必要としてもらえるか。

けっして口には出さなかったけれど、いつもそのことは頭のなかにあった。

“やすたけはウナギ釣りに行ったお父さんが、橋の下で見つけて拾ってきた子”
ということばたちを信じていたのは、いくつまでだっただろう。
小学校、何年生だったかな。

兄姉達は、厳格な父のもと、しっかり勉強した。
スポーツも、とことん打ち込んでいた。
結果として、いい成績を叩き出す。

その姿を見て育ったぼくは、負けじと張り合った時期もあった。
でも、なぜだか気合いが入らず。
どこかで手を抜いていた。
試験勉強だって、一夜漬けばかり。
そんな程度だから、兄たちに勝てるはずもない。

“あんたはいちばん勉強せん”と母に叱られても。
人並み程度にしか勉強はしなかった。
熱意が湧かないもんだから、気持ちを注ぐことができなかったのだと思う。

幼い頃からだいすきだったのが、本を読むこと。
とくに、猟師や漁師のはなし、自然誌がすきで。
その世界に夢中になってた。
つまらん授業の最中は先生の目を盗んで、机の下で本を広げて読んでいた悪ガキでもあった。
そのおかげで、勉強しなくても国語の試験だけはよくできた。

本を読みながら想像し、その世界を頭でひろげる。
そして、それを実際にやってみる。
そうして遊びながら、少しずつ自分のものにしていった。

そうそう、腕利きのウサギ猟師の話があってさ。
その中に、ワイヤー一本ですっこけを作って掛ける罠が載っていた。
野ウサギなら裏山にもいるわけ。
そこで真似して罠を手作り。

裏手の山に通って、野ウサギ相手に知恵比べ、ってとこだ。
まずウサギの道を見つけ。
そこに罠を輪にして掛ける。


父の針金をくすねてやってみたら、しならないからか見えるのか、何度やっても掛からない。
釣り糸で試してみたら、針金より掛かりはいいけど切られてしまう。
そこでまた別の本に出会い、ピアノ線がいいと聞いた。
そんなものは、我が家にはない。
そこでまたまた、手を変え品を変え、身近なものを用いて野性に挑んでいた。

そんなことばかりしていたのは、なによりそれがおもしろかったから。

すきだったから、やり続けていた。

その一方で、家族のなかにおける寂しさのようなものを、強く感じていた。
同時に、劣等感も。
何をしたら叱られるか。
何をしたら、喜んでくれるか。

こうして家族の顔色を窺いながら生きていた時代は、とても長いものだった。
すべての兄弟と仲良しなわけでもなく。
学校で話しのあう友もおらず。
かといって、群れて馴れ合うことを頑なに拒んだ。

でも、真剣に、一生懸命、情熱を注いで。
自然に遊んでもらった日々のことは、腕に残った。
やった分だけ、確実に。
それしか残らなかったといっても、やり続けたことで“それ”が誇りに思えるものになった。
それも今になって、ようやく。

振り返ってみたら、20年掛かっている。
ということになる。



ぼくは、なんのために生きているんだろう。




そう、自分に問うた。
幾度となく。

情けない、という気持ちも強くあった。
染みついた、劣等感か。

誰かに必要とされたい、と思ったりもしていた。
こころの叫びとして。


それを誰かに言えもせず。
いや、言えるはずもない。


だからこそ、磨いてきた。
劣等感を糧にして、自分にしかできないことを。
とことん、伸ばしてきた。

それはきっと、恐かったからだ。
自分が、これだ、と思えるものがほかになかったから。
勉強でもなく、スポーツでもなく。
自然と関わる人の知恵を自分のものにし、それを活かして家族の支えになる。
それでしか、自分の身を立てる術を知らなかったから。


そんなぼくは、やり過ごすことを知った。
おちゃらけて、ごまかすことも知った。

その一方で、人を見るようになった。
己が臆病であるあまり、相手を窺う。
それは、染みついたものであるように思う。

“この人は無理だ”
と思ってしまったときは。
さっと身を引いたりもする。
滅多にないけれど、あまりに相手の押しが強い場合は。
身を守るために拒絶してしまうこともある。
敢えて、顔に出したり、とかね。




誰かが言った。
“福ちゃんは、ほんとうに警戒心が強いね”

まるで僕が野性動物か何かのように。

でも、それはあながち間違ってないかもしれない。
感じる人には、自身の持つ警戒心が伝わってしまうのだと思う。


だがしかし。
警戒心が強いということは、短所であると同時に。
長所でもあると思う。
相手がどう感じているかを気にすることで。
人を慮ることができるかもしれないから。
臆病だからこそ、誰かに対して丁寧でいられたりもする。


こんな僕は、人が恐い。
誰かを信じられないとか、そういうことではなく。
人は、分からないものだと思うから。

以前、“分かったふりをされること”に関して記事を書いた。
自分もされるのが嫌だし、できる限り安易にしたくない、と。

それはつまり、そういうことだ。


こうして今、このことを書けるのも。
父や兄達に対し、真っ直ぐ向き合えるようになったからだ。
もちろん、ある程度ではあるけれど。

それは先日、兄姉全員と会ったとき。
今までの自分をさらけ出し、素直になれた。
こころがかるくなった。
そのときのことを思い返しただけで、溢れそうだ。

今まで向き合うことから逃げ続けていた僕にとっては。
このことが。
はかりしれないくらい、大きな意味を持つ。



これは僕の一部でしかない。

思いついたままに書いたから、抜かりもある。
たくさん。


でも、事実のひとつではある。




誰かが言う。
“福ちゃんは、すごい。”
それに対して、嬉しいと思えることはまずない。
本当に心が通い合っている友を除いて。

自分のなかで、自身や事象に対して。
“よし”と思えるまで。

誰がなんと言おうと、それは別物だ。
つまり、自分で納得できるまで。
そこまでやらなきゃ、自分で自分をほめてはあげられない。
自分をほめるために生きている訳ではない、が。




つまりぼくは、こんな面もあり。
ぐじぐじ悩んだりもする。
特に、でかいことの前は直前まで悩む。
心配で、臆病で。
でも、直前になって腹が据わったら、強い。
そうなったら、そのままの自分を出せる。


立派なにんげんでもないから、誰かに偉そうなことは言えない。
それは、講演の場を頂いても。
自著の、タイトルも同じ。

ただ、一人の人間の歩む生き方を見て。
結果として、何かを感じて下さったり、手を添えることができたなら。

それは、素直に嬉しい。


いま、こうして。
自身のことを振り返りながら思うのは、父と母。

この存在が、どれほど大きいことか。
素直に、父や母に対して感謝の気持ちを持てたのは大学に来てから。
そして、恐かった父と素直に話しができるようになったのは、この初夏。
一緒にウナギ釣りに行きながら、語り合った。
仕事のこととか、結婚のこととか。
知らない父の姿を、たくさん見ることができた。

自分で作っていた壁が、自然に溶けて。
いつしかぼくは父の前で自然体になった。
とても、嬉しかった。

素直なきもちで。
やわらかな気持ちで。
両親に対して、ありがとうの気持ちが浮かんでくる。
そんな親の姿、在り方を見て。

こんな親に、僕もなりたい。
と思った。

マムシの話し。

先日のこと。

夕方ちょっと涼しかったので。

家にあがる急坂の横の竹林を伐った。





ひとり、せっせと竹を切る。

のこぎりを挽くのは全身運動。

しかもぶっとい孟宗竹。

ちったぁ外気は涼しいといったって。

あっちゅうまに汗まみれになる。



額から、だらだら垂れる。

そんでまた、にんげんのにおいがするから蚊がくるわね。


払いのけても、払いのけても。

しつこく追ってくる。


手の甲に止まって、吸い始めると微かな痛み。

手にとまってるか目もくれず。

痛みのするあたりをひっぱたいたら、ピシャンといい音。

ぺしゃんこになって、くっついてた。




そうこうするうちに。

真っ暗だった道にひかりが差し込み。

少しずつ、明るくなってきた。


その写真は後日。




10本ほど切って。枝を落として運び、一息ついた。

その隣に大きな合歓の樹があり。

ノコギリの刃の長さじゃ、はなしにならん。

そこでチェーンソーをとりに帰った。


5分くらいたって、エンジンかけて。

受け口を切るために、腰を落とした瞬間。

その根元で、何かが動いた。









おったおった。

そうよなあ、こんだけムシムシしてて。

日陰の竹やぶ。

おってもおかしくないわなぁ。


手頃な枝を、腰から下げたナタで切って。

その枝で首根っこを押さえようとした。



そしたら、さっととぐろを巻いて。

こっちに顔を向けて。

チロ、チロロ。


舌を出して、警戒してる。

なんじゃこのやろー、やるのかっ。

ちょっかい出すなら噛みつくぞっ、っと。



そこをすかさず、手にした棒で押さえつける。

そんで、首根っこを右手の親指と人差し指で掴む。


そったら、ぐねっと尾っぽを曲げて。

腕に巻き付けてくるのね、冷たい身体を。

まぁ、気持ちいいもんじゃない。


そこで首根っこを放したもんなら、一瞬でガブリ。

と、噛みつかれることとなる。


それじゃ生け捕りした意味がないから、巻き付く身体をはずしながら家まで帰った。


ほんで、一升瓶に入れる。

頭から。


それが嫌がって、なかなか入らんのだ。

しっぽをつっつきながら、瓶に入れて。



入れ終わったら、水を2cmほど入れて。

古くなった網戸の網を、瓶の口に二重に紐で巻いて止めて。

窒息しないようにする。


そんで、半年くらい飼う。

といっても、水だけ。

餌は、やらない。

水だけあげて、消化物を体内から出させる。

そして、半年後にきれいになったら焼酎に漬ける。


今から、半年の間。

玄関の戸棚の中で、活かしておく。


こどもらぁやともだちが来たときに、見せるの。




マムシが、どんな顔で、どんな色で、どんな大きさで。

どう危ないか。

歯がどんなで、毒がどんなにおいがするか。

どうしたら怒るのか。

どれくらいジャンプして、飛びつくのか。



基本的には、にんげんがちょっかい出さなければマムシから噛むことはない。
(腹にこどもがいる場合を除く)


いろんなことを。

目の前で、見てもらう。

そんで初めて、怖さが分かる。

怖さを知らないことが、いちばん怖い。

頭で分かったように気になって、なめてしまうから。

いい気になってしまうことが、怖い。



ここは、いなか。

いいことだけじゃない。

なかには怖いこともある。





師匠は、ぼくに。

いろんなことを教えるのではなく、育ててくれた。


教えることと、育てること。

それは、大きく違うと思う。


その違いのはなしも、また後日。



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このマムシの首根っこをよおく見てみて。


ほら、いるでしょなにか丸いものが。

僕は初めて知った。

マムシにダニが食らいついて血を吸うことを。



世の中、知らないことだらけ。

いつまでたっても、日々、勉強。


そのなかで、覚えようとして一生懸命になったものだけ自分の中に残っていく。

そうしていつか、村のじいちゃんみたいに。

暮らしの知恵をいっぱいもった、“もの知り”になりたいな。

ええか。

はっきり言わせてもらうぞ。



おんしゃあ赤の他人や。

俺とはろくにつきあいもないが言わせてもらうきにゃあ。




“もう二度とやめてくれ。”

“ええか、何度も言わすなよ!!”






しばらく話した後の、帰り際。

上から下まで僕の格好をじろりと見るなり。

村のおじいさんがこう言い放った。





この少し前。

村の農道を通りすがり、会釈をしたぼくに。

彼は会釈を返すどころか。


“おまん、どこのだれなぁ!?”

と、こうきた。

原付を停めて、

“国光の別当に3月からお世話になってる福田です!”

と応えると。


“おー!あの若い衆か、大学生の!”

“おまんどうせ大学終わったら、すっとおらんなるろう。いつまでおるがな。”

ときた。



言っちゃあわるいけど。

ことばが荒く、眼もきつい。

まともにしゃべったのは、このときがはじめて。



そりゃあ最初にこんなものの言い方をされたらびっくりすらぁね。




おじいさんに会ったとき僕は、梅を採りに行った帰り。

原付の後ろには、オレンジのコンテナを積み。
中には梅が5キロほど入ってた。


あたりは夕暮れで、ヒグラシが鳴いてた。


カナ カナ カナ カナ


蚊がたくさん出てきて。

払いのけながら、話してた。



でも、分かったんだ。

言われてすぐ。

おじいさんが、何を言っているのかが。




僕の格好は、帽子につなぎ、足はゴム草履。



その格好だったから。



梅林、といっても大きな梅の木が二本だけ。

そこは草も刈ってあるし、小道もきれい。

だから僕は長靴も履かず、草履でひょいひょいと行った。

それに対し、“なめるなよ、小僧”と叱ってくれたわけ。



そろそろ、ハミが出るからだ。

そう、マムシのこと。

そんな格好で行ったら、もし踏んだら噛まれること間違いない。

いくら山に慣れていても、なめちゃいかん。

たとえ赤の他人だろうと、言うべきことは言う。


そうして初対面の僕に、短い言葉で言ってくれたのだった。



久しぶりにきつい顔で叱られて。


効いたなぁ。

ありがとう、おじいさん。

次からは長靴履いていきます!




そしてその帰り道。

おじいさんと分かれて一分も経っていないんじゃないだろうか。

道路脇の側溝に溜まった落ち葉を、ガサガサ掘り返している真っ黒な姿が一頭。

どうやらミミズを探しているらしい。




こっちに気づいて、慌てて側溝を飛び出した!!

それでそのまま逃げようと道路を走っていく。

それ見て、こっちも原付のアクセルを回して追いかける!!

捕まえられるはずもないけど、逃がすもんかっ、って思わずね。




そりゃあもう、すごいね、蹄の音。


カッ、カッカ、カッカ、カッカ


アスファルトの上を走っていくもんだから、ひずめが地面に当たって音がする。


そんでもって、こっちがいつまでも追いかけていくからイノシシも困る。

逃げようにも、右側は切り立った壁、左側は10m以上も高い川沿いの崖。


ほんだから、ひたすら道路を走って逃げる。

それもね、しょっちゅうこっちの様子を振り返りながら。


いやあもう、書いててうまくその時の興奮と迫力が伝えきれなくてもどかしいくらい、おもしろかった。



速いったらありゃしない。

原付のメーター見たら、40キロを越えてた!!

ゆっくりなようで、うんと速いのこれが。

山道だから、カーブもあるもの。

スピード違反ぞ、こりゃー!


そんで、300mも追いかけただろうか。

右の壁沿いを走っていたイノシシが、突如として左の崖の方向へ走り出した。


まさか、飛び降りる??

と思った刹那、ドッカーンとえらい音がしたよ。

ガードレールの下をくぐって、そのまま下の谷へ真っ逆さまへ落ちていった。


そんで、ドシャシャーンって。


最初の音は、イノシシの背中がレールにぶつかった音。

ガードレールに背中を擦って。

白塗りの鉄が震動でバリバリ揺れてた。


その後の音は、滑り落ちた音。



落ちるったって、高い崖。

しかも、直角に近いどころか、手前はえぐれてるから足をかける場所もない。

それに、走って飛び込んでいるから、真っ逆さまに落ちたはず。



まさか、と思ってすぐに川を覗いたのと、


バッチャーン

だか

バッシャーン

だか知らないけんど、すごい音がしたのが同時くらいか。

そしたら見えた。

転げ落ちたイノシシが、水深20cmほどの川をバシャバシャ音を立てながら。

水を跳ね飛ばし、蹴散らしながら対岸へ走る姿が見えた。

足をひきずることもなく、走って茂みへ消えてった。


しばし、呆然。

まさか、と思って。


何度か崖の下を見直したけれど、やっぱりここから跳んで。

そのまま歩いて山に帰っていった。

ことばにならん、あの身体の丈夫さ。


イノシシに突進されて人が大怪我したり。



そうそう、地元のおっちゃんが。

軽トラ乗って、家への帰り道。

山道でイノシシに出会ったから、跳ねとばして殺して、肉にして持って帰ろうとした。

ドッシーン、と。

加速して、跳ねたと。

イノシシはゴロゴローと地面を転がって、そのまま起きて平気な顔して走り去って。

軽トラは目玉が割れて、前が凹んで、半損で修理に出したと。

なんて実話があったのも、頷ける。

ありゃあすごいよ、あの丈夫さは。


ほんで、またイノシシの跳んだ後を見直したら、ふと気づいた。

日陰のところだから、ガードレールに苔が生えている。
その苔がね、レールの一部分、しかも下側だけ。

きれいにたわしで擦ったみたいに削り取られてるの。

毛の擦った後がはっきり残ったまま。


やっぱりそうだ、ここから。

ここから跳んだ、あのイノシシ。

勢い余って、レールに背中を擦り。

苔を削ったから、跡が残った。



この現場、家のすぐ前のところだから。

誰か来たときに、見てもらわんとなぁ。

見たら分かる、このすごさ。


そらあもう、びっくりするで。


ところであのイノシシ、背中すりむいて痛くないんかなぁ。
プロフィール

atsutaya

Author:atsutaya




生粋の里山育ち。


*ククリワナ猟でイノシシやシカ。
*魚釣り、時に潜りとジゴク漁。
*貝にワカメにカニに山菜。
*秋はひたすらオオスズメバチ追い。

巡る季節のなか、自然に遊んでもらいながらも真剣に。
そんな日々の暮らしを綴るブログです。

著:(これ、いなかからのお裾分けです。)

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